大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ラ)630号 決定

抗告人

海藤さえ子

右代理人弁護士

山本高行

相手方

大恵商事株式会社

右代表者代表取締役

安田昌次

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方の不動産引渡命令の申立てを却下する。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  抗告人の抗告理由について

(一)  賃借権の主張について

記録によれば、原決定添付物件目録記載の物件(以下「本件物件」という。)についての有限会社熊田建設(以下「熊田建設」という。)と抗告人との間の「土地付区分建物売買契約書」には、売主(熊田建設)の義務として「売買物件上に存する抵当権、地上権、先取特権、賃借権その他形式の如何を問わず所有権の完全なる行使を阻害するもののあるときは売主は所有権移転の時迄に完全に抹消し、無瑕疵、無負担の所有権を買主に移転するものとする」との条項(第一一条)及び一方当事者の契約違背、債務不履行の場合には相手方は催告のうえ契約を解除することができる旨の条項(第一四条)があるのに、売主が前記第一一条の義務に違背した場合に売買契約が当然に解除されて賃貸借関係が成立する旨の条項は存在しないこと、昭和六〇年八月一二日に東京地方裁判所執行官鈴木敏雄が本件物件に赴き占有状況及び占有権原について調査した際に、抗告人は賃借権に基づいて占有している旨の陳述をしていないことが認められ、右事実に照らすと、本件物件にはローン会社である株式会社オリエントファイナンスの抵当権移転登記及び所有権移転請求権仮登記等が経由されていたので、売主である熊田建設において右各登記の抹消登記手続ができない場合には売買契約は当然に解除されて手附金二〇〇万円の倍額四〇〇万円と中間金二〇〇万円の返還分との合計六〇〇万円を敷金・礼金・前払賃料に充当する賃貸借に切りかわる旨の約定があつたとする神山健二作成の証明書は措信し難く、他に右賃貸借契約の成立を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、抗告人の賃借権の主張は失当である。

(二)  留置権の主張について

仮に、抗告人が主張するように、抗告人が昭和五七年二月一九日に熊田建設から本件物件を買い受け同日手附金二〇〇万円、同月二七日中間金二〇〇万円を支払つたところ、本件売買契約は熊田建設の責に帰すべき債務不履行により解除され、熊田建設に対し損害賠償請求権を取得したとしても、記録によれば、熊田建設は、昭和五六年一二月二五日付で同月二一日売買を原因として鈴木美津子に対し所有権移転登記を経由し、同人の設定した抵当権の実行として本件競売手続が行われたことが認められるのであつて、右事実関係のもとにおいては、抗告人は本件物件の所有権を担保権実行としての競売手続において本件物件を買い受けた相手方に対抗しえないものであつて、相手方に対する関係においては抗告人の損害賠償請求権と本件物件との間には所論留置権発生の要件である一定の牽連はないものというべきである(最高裁判所昭和三四年九月三日第一小法廷判決・民集一三巻一一号一三五七頁参照)。

したがつて、抗告人の留置権の主張も失当である。

2  そのほか、記録を精査しても、原決定を取り消すに足りる違法の点は見当らない。

3  よつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官佐藤榮一 裁判官篠田省二 裁判官関野杜滋子)

抗告の理由

一 被抗告人は、東京地方裁判所昭和六〇年(ケ)第一三三一号競売事件において不動産引渡命令を申し立て、同裁判所民事第二一部は、昭和六一年八月五日これを相当と認め、不動産引渡命令の決定をした。(昭和六一年(ヲ)第五〇二号)

二 しかしながら、右決定は下記のとおり、抗告人が被抗告人に対抗できる占有権限を有していることを看過し、法律の解釈を誤つた違法がある。

(1) 抗告人の賃借権

抗告人は昭和五七年三月一日、債務者より本件不動産を賃借し引渡を受けたので、債権者が抵当権の譲渡を受けた昭和六〇年四月二〇日に優先して、借家法による対抗力を取得した。

(2) 仮にそうでないとしても、抗告人は本件不動産を、昭和五七年二月一九日買受け、昭和五七年二月一九日手附金二〇〇万円、同年二月二七日中間金二〇〇万円を支払い、同年三月一日債務者から引渡しを受けたが、右売買契約は債務者の責に帰すべき履行不能により解除され、債務者に対する損害賠償請求権を取得した。

右債権は、抗告人が本件不動産に関して取得した債権であり、留置権の発生要件たる債権と物との牽連関係がある。

従つて、抗告人は右損害賠償債権の履行を受けるまで、本件不動産の引渡を拒む権利がある。(注釈民法(8)P二五、柚木民商法雑誌四二巻三号三五八頁)

三 よつて抗告の趣旨記載の裁判ありたく、民事執行法第四五条第三項、第一〇条により、この執行抗告をする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例